作歌における先生のお教え その二

感動のつかみ方といっても、それは決して感動の仕方ではありません。感動に仕方などというものがあるはずはなく、人の心があることに触れて、ある一つの情緒的なまとまりを持った感じを受けた場合には、それを感動だと言って差し支えないでしょう。美しい花が咲いていましても、どこからか雀のさえずりが聞こえてくるという初春の静かな空気の中にいましても、それをただ美しい花が咲いている、雀が鳴いている、とだけで済ましてしまえば、何の感動をも感じることはできません。しかし、まあ可愛い花だこと、と感じる人の心の情緒的な動き、この静けさはもうすっかり春だなあと感じる印象の強さは立派な感動だということができましょう。


物書きて独りの部屋に気づきたるこの静けさはすでに春なり


ですから、歌を志し、歌を勉強なさる方々は、決して感動をしようなどと空虚な無駄な心遣いをなさる必要はありません。初心のうちは、よく歌を作らねばならぬという思いに駆られて、感動を探して回るというような心になるものですが、それでは、その人の人格ーーー個性ーーーや生活の匂いや人柄から知るゆかしさ、生命力などというものは表現されません。

大切なところへ差し掛かってまいりましたが、この先は、またまた次回まわしとさせて頂きます。

娯楽小説作家:藤本英明 (大空まえる・明日香英麿・藤本楠庭)

絵本・探偵小説・時代小説・随筆・歌集・アダルト小説などを執筆しております。

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