感動 その二(中村日哲先生)

十一月の上旬に所用で上京します際、浜名湖の彼方の遠い山脈の上に、ちょうど三方にすわつた鏡餅風に、雪で純白な富士が目をとらえました。私は心が釘付けになったような気持ちでその姿に見入りました。この位置で富士を見たのは初めてのことでもありましたし、真っ白な富士の嶺を見いでた驚きと壮麗さはどちらも感動であったと思いますが、ここでは麗しさの方にしぼって即座に次のように詠んでみました。


浜名湖の湖ごしはろに白き山富士くきやけく山並みの上に


のちに推敲してみますと、富士も山ですから白き山は、印象はあざやかですが、削りたいところです。湖ごしも、うみ越しにして、くきやけくという形容詞は無理に形容しなくてもその感じは出せるな、と判断しました。そこでできあがったのは、


浜名湖のうみ越しはるか富士の山冴えて真白く山並みに据わる

据わる(すわる):たしかな存在として、その位置を占める


としました。これで推敲は一応できたように思います。富士の真姿とも言えるなと思いましたが、遠い富士ですので不適切と考えてやめました。感動したところが初一念でありますから、あとから良き言葉が浮かんでも変えないことという作歌の心得を守って実行したわけでした。

娯楽小説作家:藤本英明 (大空まえる・明日香英麿・藤本楠庭)

絵本・探偵小説・時代小説・随筆・歌集・アダルト小説などを執筆しております。

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